パリ市街を一望できるモンマルトルの丘にあるサクレ・クール寺院。この白亜の寺院に向かって左の道を行き,2回ほど角を曲がるとノルヴァン通りに出る。多くの画家が集い筆を振るっているテルトル広場を左に見やりながら,なおしばらく歩み,突き当たりを左に曲がると,風車が目印のレストラン「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」に出会う。19世紀後半,ジョルジュ・オスマンのパリ大改造によって土地を追われた画家などがこの周辺に移り住んだ。このため多くの画家が,当時はダンスホールであったムーラン・ド・ラ・ギャレットを題材に絵を描いている。
ピエール=オーギュスト・ルノワールはここにカンバスを持ち込み,彼の代表作の一つ『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』を描いた。中央に描かれた姉妹や奥で踊る男女たち,誰も彼もが楽しそうである。フランスでは余暇を楽しむのは王侯貴族の特権であったが,19世紀後半には市民たちにも余暇の習慣が広まり,週末はダンスホールで踊るのが人々の楽しみとなった。
ルノワールは,人々の生きる歓び(ジョワ・ド・ヴィーヴル:Joie de Vivre)をテーマに絵を描き続けた。この絵や,やはり代表作である『舟遊びをする人たちの昼食』などルノワールの絵は,幸せそうな市民たちの姿で満ちあふれている。彼が幸福の画家と呼ばれる由縁である。
ルノワールの画集を眺めながら,今回はESG(Environment, Social, Governance:環境・社会・ガバナンス)を人々の幸福・ハピネス・ウェルビーイングの観点で捉えてみようと考えた。ESGはその特質ゆえ,さまざまな様相を呈する。